あきしののみや 意味
- 【秋篠宮】
宮家。1990年(平成2),今上天皇の第二皇子礼宮文仁親王が創立。
- よしののみや 【吉野の宮】 (1)古代の離宮。吉野町宮滝の地が所在地と推定されている。斉明・天武・持統・文武・元正・聖武など代々天皇の行幸があった。 (2)「吉野行宮(アングウ)」に同じ。
- あきしの-の-みや 【秋篠宮】 宮家。1990年(平成2),今上天皇の第二皇子礼宮文仁親王が創立。
- おののみや 【小野宮】 平安京の,大炊御門南,烏丸西にあった邸宅。文徳天皇の皇子で小野宮と呼ばれた惟喬(コレタカ)親王が隠棲したことからこの名があるという。のち太政大臣藤原実頼(サネヨリ)が住み,小野宮殿と呼ばれたため,その子孫は小野宮家と称され,有職故実家として知られた。
- ののみや 【野の宮】 皇女が伊勢の斎宮または賀茂の斎院になるとき,斎戒のために一年間こもる仮の宮殿。斎宮のものは嵯峨,斎院のものは紫野にあった。 「これなる森を人に尋ねて候へば,―の旧跡とかや申し候ふほどに/謡曲・野宮」 ; 【野宮】 能の一。鬘物(カズラモノ)。嵯峨野の宮の旧跡を訪れた旅僧の前へ六条御息所の霊が現れ,賀茂の祭に葵の上と車争いをして敗れたことを語り,源氏の君と契った昔を回想し
- ののみや-びと 【野の宮人】 野の宮にお仕えする人。「たのもしな―の植うる花しぐるる月にあすはなるとも/順集」
- あきしの 【秋篠】 奈良市の地名。霧の名所として知られた。外山の里。((歌枕))「―や外山の里や時雨(シグ)るらむ伊駒の岳に雲のかかれる/新古今(冬)」
- あきしの-でら 【秋篠寺】 奈良市秋篠町にある寺。初め法相宗,のち真言宗・浄土宗西山派を経て,現在は単立宗教法人。780年,善珠(723-797)の開基と伝える。光仁・桓武両天皇の勅願寺として発展した。今は本堂を残すのみ。古仏像が多く,特に伎芸天像が有名。
- あきのみや 【秋の宮】 〔皇后の唐名「長秋宮(チヨウシユウキユウ)」から〕 皇后。また,皇后の住む宮殿。
- にしのみや 【西宮】 兵庫県南東部,大阪と神戸のほぼ中間にある市。西宮神社の門前町。宮水で知られる灘清酒の本場。現在は住宅工業都市。南部に甲子園球場,北部に蓬莱峡がある。
- ののみやびと 【野の宮人】 野の宮にお仕えする人。 「たのもしな―の植うる花しぐるる月にあすはなるとも/順集」
- あきしのでら 【秋篠寺】 奈良市秋篠町にある寺。初め法相宗,のち真言宗・浄土宗西山派を経て,現在は単立宗教法人。780年,善珠(723-797)の開基と伝える。光仁・桓武両天皇の勅願寺として発展した。今は本堂を残すのみ。古仏像が多く,特に伎芸天像が有名。
- おののみやりゅう 【小野宮流】 有職故実家の流派の一。小野宮(藤原)実頼を祖とする。
- おののみや-さねより ヲノ― 【小野宮実頼】 藤原実頼(フジワラノサネヨリ)。
- おののみや-りゅう ヲノ―リウ 【小野宮流】 有職故実家の流派の一。小野宮(藤原)実頼を祖とする。
- ののみやのはらい 【野の宮の祓】 斎宮・斎院が野の宮に移るにあたって川でみそぎをすること。
例文
- 秋篠宮家(あきしののみや・け)は日本の皇室の宮家の一つ。
- 秋篠宮 文仁親王(あきしののみや ふみひと しんのう、1965年11月30日 - )は、日本の皇族。