あん-きょ 意味
読み方:
意味
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- [1]
【暗渠】
覆いをしたり地下に設けたりして,外から見えないようになっている水路。
明渠
- あんきょ 【暗渠】 覆いをしたり地下に設けたりして,外から見えないようになっている水路。 ⇔明渠(メイキヨ) ; 【安居】 心やすらかに生活すること。 「心を苦め身を労し暫くも―せず/明六雑誌 15」 →あんご(安居)
- きょうあん 【教案】 (1)授業に先立ち,教師が授業の目標・具体的な教授方法・時間の配分などを記した指導案。学習指導案。教授案。 (2)中国で,キリスト教に関係した事件の総称。清代末の,宣教師殺害や教会焼き打ちなどのキリスト教排斥運動(仇教(キユウキヨウ)運動)が著名で,のち排外運動に発展。
- きょう-あん ケウ― [0] 【教案】 (1) 授業に先立ち,教師が授業の目標・具体的な教授方法・時間の配分などを記した指導案。学習指導案。教授案。 (2) 中国で,キリスト教に関係した事件の総称。清代末の,宣教師殺害や教会焼き打ちなどのキリスト教排斥運動(仇教(キユウキヨウ)運動)が著名で,のち排外運動に発展。
- きょうじゅ-あん ケウ― [3] 【教授案】 教案
- へいあん-きょう ―キヤウ 【平安京】 八世紀末から九世紀初めにかけて山城盆地,現在の京都市街の地に,唐の都長安に範をとって造営された都城。794年,桓武天皇が長岡京から遷都。応仁の乱でいったん灰燼(カイジン)に帰したが,1869年(明治2)の東京遷都まで首都としての役割を果たした。東西約4.5キロメートル,南北約5.3キロメートルの方形で形式の基本は平城京と同じだが,条坊の区画とは別に道路用地をとるなど
- ほり-きょうあん ―キヤウアン 【堀杏庵】 (1585-1642) 江戸初期の儒医。近江の人。儒学を藤原惺窩(セイカ),医を曲直瀬(マナセ)正純に学ぶ。安芸藩,次いで尾張藩に仕え法眼に進む。晩年,幕命により江戸に出て大名諸家の系図を編纂(ヘンサン)。
- あんきょはいすい 【暗渠排水】 暗渠を作り,地中の余分な水分を排水すること。農耕地の改良などに行う。
- あんきょ-はいすい [4] 【暗渠排水】 暗渠を作り,地中の余分な水分を排水すること。農耕地の改良などに行う。
- あんてい-きょうこう ―クワウ [5] 【安定恐慌】 インフレーションを収束させ,通貨価値を安定させるのに伴い生ずる経済的恐慌状態。
- きょうじゅあん 【教授案】 ⇒教案(キヨウアン)(1)
- しんあんとっきょ 【新案特許】 「実用新案」あるいは「特許」の俗な言い方。
- しんあん-とっきょ ―トク― [5] 【新案特許】 「実用新案」あるいは「特許」の俗な言い方。
- へいあんきょう 【平安京】 八世紀末から九世紀初めにかけて山城盆地,現在の京都市街の地に,唐の都長安に範をとって造営された都城。794年,桓武天皇が長岡京から遷都。応仁の乱でいったん灰燼(カイジン)に帰したが,1869年(明治2)の東京遷都まで首都としての役割を果たした。東西約4.5キロメートル,南北約5.3キロメートルの方形で形式の基本は平城京と同じだが,条坊の区画とは別に道路用地をとるなどの工夫もみられ
- ほりきょうあん 【堀杏庵】 (1585-1642) 江戸初期の儒医。近江の人。儒学を藤原惺窩(セイカ),医を曲直瀬(マナセ)正純に学ぶ。安芸藩,次いで尾張藩に仕え法眼に進む。晩年,幕命により江戸に出て大名諸家の系図を編纂(ヘンサン)。
- あんしやけんびきょう 【暗視野顕微鏡】 ⇒限外(ゲンガイ)顕微鏡