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いちかわ-だんぞう 意味

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  • イチカハダンザウ 
    【市川団蔵】

    (七世)(1836-1911) 明治時代,東京を中心に活躍した歌舞伎俳優。技芸は非凡で当時の名優「団・菊・左」に次ぐ者といわれる。

  • いちかわだんぞう    【市川団蔵】 (七世)(1836-1911) 明治時代,東京を中心に活躍した歌舞伎俳優。技芸は非凡で当時の名優「団・菊・左」に次ぐ者といわれる。
  • いちかわこだんじ    【市川小団次】 (四世)(1812-1866) 歌舞伎俳優。屋号高島屋。世話狂言を完成した江戸劇壇最後の大立者。当り役「東山桜荘子」(佐倉宗吾)「鼠小僧」
  • いちかわさだんじ    【市川左団次】 歌舞伎俳優。屋号高島屋。 (1)(初世)(1842-1904) 四世市川小団次の養子。大坂の生まれ。九世市川団十郎・五世尾上菊五郎とともに「団・菊・左」と称せられた名優。明治座を創設し,ここを中心に活躍した。 (2)(二世)(1880-1940) 初世の長男。1909年(明治42)小山内薫と自由劇場を創設し新劇の先駆をなし,また岡本綺堂と提携し新歌舞伎をひらいた。
  • いちかわ-こだんじ    イチカハ― 【市川小団次】(四世)(1812-1866) 歌舞伎俳優。屋号高島屋。世話狂言を完成した江戸劇壇最後の大立者。当り役「東山桜荘子」(佐倉宗吾)「鼠小僧」
  • いちかわ-さだんじ    イチカハ― 【市川左団次】歌舞伎俳優。屋号高島屋。(1)(初世)(1842-1904) 四世市川小団次の養子。大坂の生まれ。九世市川団十郎・五世尾上菊五郎とともに「団・菊・左」と称せられた名優。明治座を創設し,ここを中心に活躍した。(2)(二世)(1880-1940) 初世の長男。1909年(明治42)小山内薫と自由劇場を創設し新劇の先駆をなし,また岡本綺堂と提携し新歌舞伎をひらいた。
  • いちかわだんじゅうろう    【市川団十郎】 市川宗家の歌舞伎俳優。屋号成田屋。 (1)(初世)(1660-1704) 元禄期に活躍。江戸の荒事(アラゴト)をひらき,三升屋兵庫の名で多くの歌舞伎脚本を書いた。 (2)(二世)(1688-1758) 初世の長男。荒事に和事味を加え,市川家の芸の基礎を確立した。俳名栢莚(ハクエン)。 (3)(五世)(1741-1806) 四世の子。寛政期(1789-1801)の立役(タチヤク)
  • いちかわ-だんじゅうろう    イチカハダンジフラウ 【市川団十郎】市川宗家の歌舞伎俳優。屋号成田屋。(1)(初世)(1660-1704) 元禄期に活躍。江戸の荒事(アラゴト)をひらき,三升屋兵庫の名で多くの歌舞伎脚本を書いた。(2)(二世)(1688-1758) 初世の長男。荒事に和事味を加え,市川家の芸の基礎を確立した。俳名栢莚(ハクエン)。(3)(五世)(1741-1806) 四世の子。寛政期(1789-1801)の立
  • だんぞう    【檀像】 白檀(ビヤクダン)・栴檀(センダン)などの檀木を用いて作った彫像。
  • いちかわ    【市川】 (1)千葉県北西部,東京湾に面する市。江戸川をはさんで東京に隣接する古くからの住宅地。商工業も発達。真間手児奈(ママノテコナ)の伝説地。 (2)兵庫県南部,神崎郡の町。市川が流れる。江戸期,生野銀山の金銀を搬送する要地。 ; 【市川】 姓氏の一。
  • いちかわ-がみ    イチカハ― [4] 【市川紙】山梨県市川大門町に産する和紙。
  • いちかわがみ    【市川紙】 山梨県市川大門町に産する和紙。
  • いちかわ-さんき    イチカハ― 【市河三喜】(1886-1970) 英語学者。東京生まれ。東大教授。著「英文法研究」,編「英語学辞典」など。
  • いちかわ-ふさえ    イチカハ― 【市川房枝】(1893-1981) 婦人運動家・政治家。愛知県生まれ。平塚らいてうらと新婦人協会を創立し,婦人参政権獲得に尽力。第二次大戦後,新日本婦人同盟(現,日本婦人有権者同盟)を組織,理想選挙を唱え,1953年から五回参議院選挙に当選。
  • いちかわ-しょういち    イチカハシヤウイチ 【市川正一】(1892-1945) 社会主義運動家。山口県生まれ。早大卒。日本共産党の創立に参加し,指導者の一人として活躍。1929年検挙され,無期懲役。獄死。「日本共産党小史」は公判廷での陳述を編集したもの。
  • にしかわせんぞう    【西川扇蔵】 日本舞踊西川流の家元の名。 (1)(二世)(?-1817) 藤間勘兵衛の門下,初世西川仙蔵の門弟。江戸三座の振り付け師となり,「蜘蛛(クモ)の糸」「関の扉(ト)」「鷺娘(サギムスメ)」などを残した。 (2)(四世)(1792-1845) 前名,藤間勘助。三世藤間勘兵衛の門下。西川家の養子となり,西川流の全盛期を築いた。「勧進帳」「鳥羽絵」「お染」「供奴」などの振り付けが知られる。