あんどう 意味
- 【行堂】
〔「あん」は唐音〕
行者(アンジヤ)の住む所。行者房。
- 【安東】
姓氏の一。中世,陸奥国津軽の豪族。安倍氏の後裔といわれ,日本海の海運に携わる。
- 【安藤】
姓氏の一。
- 【行灯】
「あんどん(行灯)」に同じ。
「―に油注しやや/浄瑠璃・油地獄(下)」
例文
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- 奈津さんが安藤さんと結婚したら、「あんどうなつ」になっちゃうんだよね。
- 本名は安東 由佳(あんどう ゆうか)。
- 美濃安藤氏(あんどうし)は日本の氏族。
- 本名、安藤 瑛子(あんどう えいこ)。
- 三河安藤氏(あんどうし)は日本の氏族。
関連用語
かど-あんどう: 【門行灯】 家名・屋号などを書いて門口に掛け,目印とする行灯(アンドン)。かどあんどん。
あんどう-とうや: 【安藤東野】 (1683-1719) 江戸中期の儒学者。名は煥図,字は東壁。荻生徂徠の初期の詩文の門人。著「東野遺稿」など。
かどあんどう: 【門行灯】 家名・屋号などを書いて門口に掛け,目印とする行灯(アンドン)。かどあんどん。
せんどうあん: 【千道安】 (1546-1607) 安土桃山時代の茶人。初名紹安。利休の長男。利休らとともに秀吉に仕える。道安囲い・道安風炉(フロ)はその好みを伝える。
あんどうせいあん: 【安東省庵】 (1622-1701) 江戸前期の儒学者。筑後の人。名は守約,別号を恥斎。柳川藩儒。松永尺五らに学ぶ。長崎に亡命してきた明の遺臣朱舜水に師弟の礼を執り,経済援助をした。著「省庵先生遺集」など。
あんどう-せいあん: 【安東省庵】 (1622-1701) 江戸前期の儒学者。筑後の人。名は守約,別号を恥斎。柳川藩儒。松永尺五らに学ぶ。長崎に亡命してきた明の遺臣朱舜水に師弟の礼を執り,経済援助をした。著「省庵先生遺集」など。
あんどうとうや: 【安藤東野】 (1683-1719) 江戸中期の儒学者。名は煥図,字は東壁。荻生徂徠の初期の詩文の門人。著「東野遺稿」など。
あんどうのぶまさ: 【安藤信正】 (1819-1871) 幕末の政治家。磐城(イワキ)平藩主。老中。大老井伊直弼の死後,公武合体策を推進,和宮の降嫁を実現。1862年,坂下門外の変で負傷,辞職。
あんどうひろしげ: 【安藤広重】 ⇒歌川広重(ウタガワヒロシゲ)
あんどうまさつぐ: 【安藤正次】 (1878-1952) 国語学者・言語学者。埼玉県生まれ。台北大総長・東洋大学長。古代国語に関してすぐれた業績を残した。著「国語学通考」
あんどう-しょうえき: ―シヤウエキ 【安藤昌益】 (1703-1762) 江戸中期の思想家。出羽の人。八戸で医者となり,晩年を秋田郡二井田村(現在の大館市)で送る。神・儒・仏から離れ,すべての人が農業生産に従事して平等に生きる反封建的社会観を説いた。主著「自然真営道」「統道真伝」
あんどう-のぶまさ: 【安藤信正】 (1819-1871) 幕末の政治家。磐城(イワキ)平藩主。老中。大老井伊直弼の死後,公武合体策を推進,和宮の降嫁を実現。1862年,坂下門外の変で負傷,辞職。
あんどう-ひろしげ: 【安藤広重】 歌川広重
あんどう-まさつぐ: 【安藤正次】 (1878-1952) 国語学者・言語学者。埼玉県生まれ。台北大総長・東洋大学長。古代国語に関してすぐれた業績を残した。著「国語学通考」
かいげつどう-あんど: クワイゲツダウ― 【懐月堂安度】 (名は「やすのり」とも) 江戸中期の浮世絵師。懐月堂派の始祖。肥痩の激しい線で懐月堂美人と呼ばれる豊満な遊女の肉筆立姿絵を描(カ)いた。絵島事件で伊豆大島に流され,のち江戸に戻る。経歴未詳。