みなもと-の-よしみつ 意味

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  • 【源義光】
    (1045-1127) 平安後期の武将。頼義の三男,義家の弟。通称,新羅(シンラ)三郎。後三年の役に義家の苦戦を聞き,官許を得ずに救援に赴き解官された。のち東国を経営,武田氏・佐竹氏・小笠原氏などの祖となった。射術にすぐれ,また笙(シヨウ)の名手。

関連用語

        みなもとのよしみつ:    【源義光】 (1045-1127) 平安後期の武将。頼義の三男,義家の弟。通称,新羅(シンラ)三郎。後三年の役に義家の苦戦を聞き,官許を得ずに救援に赴き解官された。のち東国を経営,武田氏・佐竹氏・小笠原氏などの祖となった。射術にすぐれ,また笙(シヨウ)の名手。
        みなもと-の-みつなか:     【源満仲】 (?-997) 平安中期の武将。経基の子,頼光・頼信の父。鎮守府将軍。安和(アンナ)の変で,源氏発展のきっかけをつかんだ。摂津多田荘に住み多くの郎等を養い,多田源氏を称したので多田満仲(タダノマンジユウ)ともいう。摂津源氏の祖。
        みなもと-の-みつゆき:     【源光行】 (1163-1244) 鎌倉初期の歌人・文学者。親行の父。法名,寂因。和歌を藤原俊成に学び,古典・故実に通じる。親行とともに「源氏物語(河内本)」を校訂する。承久の乱に連座。著「蒙求和歌」
        みなもと-の-よりみつ:     【源頼光】 (948-1021) 平安中期の武将。満仲の長男,頼信の兄。射術にすぐれ,大江山酒呑童子退治伝説の主人公とされる。部下に頼光四天王がある。
        みなもと-の-ためよし:     【源為義】 (1096-1156) 平安末期の武将。義家の孫。義朝・為朝・行家の父。源氏の家督を継ぐ。世に六条判官ともいう。保元の乱に崇徳上皇方について敗れ,後白河天皇方についた義朝の嘆願も及ばず殺された。
        みなもと-の-よしいえ:    ―ヨシイヘ 【源義家】 (1039-1106) 平安後期の武将。頼義の長男,義光の兄。八幡太郎と号す。前九年の役に活躍して出羽守となり,ついで陸奥守兼鎮守府将軍となった。後三年の役を鎮定し,東国武士の信望を集め,東国における源氏の勢力の基礎を築いた。
        みなもと-の-よしつね:     【源義経】 (1159-1189) 平安末・鎌倉初期の武将。義朝の九男。母は常盤(トキワ)。幼名,牛若丸・九郎・遮那(シヤナ)王。検非違使尉(判官)に任ぜられたので九郎判官とも。平治の乱後,鞍馬寺に預けられ,のち奥州平泉の藤原秀衡(ヒデヒラ)の保護を受けた。1180年兄頼朝の挙兵に応じて84年源義仲を討ち,一ノ谷・屋島・壇ノ浦に平家一族を破った。のち後白河院の信任を得て頼朝と対立,再び秀衡
        みなもと-の-よしとも:     【源義朝】 (1123-1160) 平安末期の武将。為義の長男,為朝・行家の兄。保元の乱で後白河天皇方に加わり,功によって左馬頭となった。のち平清盛と対立,平治の乱を起こして敗れ,東国に逃れる途中,尾張で家人長田忠致(オサダタダムネ)に殺された。
        みなもと-の-よしなか:     【源義仲】 (1154-1184) 平安末期の武将。為義の孫。木曾山中で育てられ,木曾次郎と称した。1180年,以仁王(モチヒトオウ)の令旨に応じて挙兵し,平維盛の大軍を倶利伽羅(クリカラ)峠に破り,平氏を都落ちさせて入京。勢威を振るったが後白河院と対立,源義経・範頼軍に攻められて,近江粟津で敗死した。木曾義仲。朝日将軍。
        みなもと-の-よしひら:     【源義平】 (1141-1160) 平安末期の武将。義朝の長男。一五歳の時合戦で叔父の義賢を殺して武名をあげ,悪源太と称された。平治の乱には父に従ったが,敗れて美濃に逃れ,のち再び入京,平清盛らを討とうとして斬られた。
        みなもと-の-よりよし:     【源頼義】 (985-1078)平安中期の武将。頼信の長男。子の義家とともに前九年の役を鎮定,東国における源氏の勢力を強化。
        みなもと-の-つねもと:     【源経基】 (?-961) 平安中期の武将。清和天皇の第六皇子貞純親王の子。満仲の父。六孫王とも。藤原純友の乱制圧のために小野好古に従い,これを鎮定。のち瀬戸内海地方で活躍した。961年,源朝臣の姓を賜って臣籍に降下し清和源氏の祖となった。
        みなもと-の-ありひと:     【源有仁】 (1103-1147) 平安後期の廷臣。通称,花園左大臣。後三条天皇の孫。詩歌・書に秀で,衣装に精通して朝廷の装束制度を改革した。日記「園槐記」のほか有職故実書がある。
        みなもと-の-いえなが:    ―イヘナガ 【源家長】 (1170?-1234) 平安末期・鎌倉初期の歌人。従四位但馬守。和歌所開闔(カイコウ)。後鳥羽院歌壇で活躍し,新古今集以下の勅撰集に三四首入集。著「源家長日記」
        みなもと-の-かねまさ:     【源兼昌】 平安後期の歌人。俊輔の子。従五位下皇后宮少進。堀河院歌壇・忠通家歌壇で活躍。「金葉和歌集」以下の勅撰集に七首入集。生没年未詳。

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