さいめい-てんのう 意味
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意味
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- ―テンワウ
【斉明天皇】
(594-661) 日本書紀で第三七代天皇(在位 655-661)の漢風諡号(シゴウ)。第三五代皇極天皇の重祚(チヨウソ)。皇居は飛鳥板蓋宮(アスカイタブキノミヤ),のち飛鳥岡本宮。百済(クダラ)救援軍を率いて九州に下り,筑紫朝倉宮で病死。
- さいめいてんのう 【斉明天皇】 (594-661) 日本書紀で第三七代天皇(在位 655-661)の漢風諡号(シゴウ)。第三五代皇極天皇の重祚(チヨウソ)。皇居は飛鳥板蓋宮(アスカイタブキノミヤ),のち飛鳥岡本宮。百済(クダラ)救援軍を率いて九州に下り,筑紫朝倉宮で病死。
- めいじ-てんのう メイヂ―ワウ 【明治天皇】 (1852-1912) 第一二二代天皇(在位 1867-1912)。名は睦仁(ムツヒト)。幼名,祐宮(サチノミヤ)。孝明天皇第二皇子。母は中山慶子。1867年(慶応3)践祚(センソ)し,王政復古の大号令を発す。廃藩置県後は明治新政府の中央集権化政策の最高の権力者とされ,ここに近代天皇制が確立。
- ごさい-てんのう ―テンワウ 【後西天皇】 (1637-1685) 第一一一代天皇(在位 1654-1663)。名は良仁(ナガヒト)。後水尾天皇の第八皇子。後光明天皇に嗣子がなかったので践祚(センソ)し,二年後1656年即位。歌集「水日集」,日記「後西院御記」がある。
- きんめいてんのう 【欽明天皇】 記紀で第二九代天皇の漢風諡号(シゴウ)。名は天国排開広庭尊(アメクニオシハラキヒロニワノミコト)。継体天皇の皇子。即位の年は,日本書紀によれば539年だが,現在の定説では531年。571年崩御。磯城島金刺宮(シキシマノカナサシノミヤ)を都とし,在位中,仏教が伝来。また,任那(ミマナ)の日本府が滅亡した。
- きんめい-てんのう ―テンワウ 【欽明天皇】 記紀で第二九代天皇の漢風諡号(シゴウ)。名は天国排開広庭尊(アメクニオシハラキヒロニワノミコト)。継体天皇の皇子。即位の年は,日本書紀によれば539年だが,現在の定説では531年。571年崩御。磯城島金刺宮(シキシマノカナサシノミヤ)を都とし,在位中,仏教が伝来。また,任那(ミマナ)の日本府が滅亡した。
- げんめいてんのう 【元明天皇】 (661-721) 第四三代天皇(在位 707-715)。名は安閇(アベ)。天智天皇の皇女。母は蘇我倉山田石川麻呂の娘。草壁皇子の妃。文武・元正両天皇の母。在位中に,和銅開珎鋳造,平城遷都や「古事記」「風土記」の編纂が行われた。
- げんめい-てんのう ―テンワウ 【元明天皇】 (661-721) 第四三代天皇(在位 707-715)。名は安閇(アベ)。天智天皇の皇女。母は蘇我倉山田石川麻呂の娘。草壁皇子の妃。文武・元正両天皇の母。在位中に,和銅開珎鋳造,平城遷都や「古事記」「風土記」の編纂が行われた。
- こうめいてんのう 【孝明天皇】 (1831-1866) 第一二一代天皇(在位 1847-1866)。名は統仁(オサヒト)。仁孝天皇の皇子。激しい攘夷主義者であったが,倒幕運動には反対。妹,和宮の将軍家茂への降嫁に同意した。
- こうめい-てんのう カウメイテンワウ 【孝明天皇】 (1831-1866) 第一二一代天皇(在位 1847-1866)。名は統仁(オサヒト)。仁孝天皇の皇子。激しい攘夷主義者であったが,倒幕運動には反対。妹,和宮の将軍家茂への降嫁に同意した。
- じょめいてんのう 【舒明天皇】 (593-641) 日本書紀で第三四代天皇(在位 629-641)の漢風諡号(シゴウ)。名は田村皇子。和風諡号は息長足日広額(オキナガタラシヒヒロヌカ)。押坂彦人大兄皇子の子。蘇我氏によって擁立,在位中同氏の勢力が増大した。
- じょめい-てんのう ―テンワウ 【舒明天皇】 (593-641) 日本書紀で第三四代天皇(在位 629-641)の漢風諡号(シゴウ)。名は田村皇子。和風諡号は息長足日広額(オキナガタラシヒヒロヌカ)。押坂彦人大兄皇子の子。蘇我氏によって擁立,在位中同氏の勢力が増大した。
- めいしょう-てんのう メイシヤウテンワウ 【明正天皇】 (1623-1696) 第一〇九代天皇(在位 1629-1643)。名は興子。後水尾天皇第二皇女。
- めいじてんのう 【明治天皇】 (1852-1912) 第一二二代天皇(在位 1867-1912)。名は睦仁(ムツヒト)。幼名,祐宮(サチノミヤ)。孝明天皇第二皇子。母は中山慶子。1867年(慶応3)践祚(センソ)し,王政復古の大号令を発す。廃藩置県後は明治新政府の中央集権化政策の最高の権力者とされ,ここに近代天皇制が確立。
- ようめいてんのう 【用明天皇】 (?-587) 記紀で,第三一代天皇(在位 585-587)。橘豊日尊(タチバナノトヨヒノミコト)の漢風諡号(シゴウ)。欽明天皇第四皇子。聖徳太子の父。天皇の仏教受容をめぐって,物部守屋と蘇我馬子が対立した。
- ようめい-てんのう ―テンワウ 【用明天皇】 (?-587) 記紀で,第三一代天皇(在位 585-587)。橘豊日尊(タチバナノトヨヒノミコト)の漢風諡号(シゴウ)。欽明天皇第四皇子。聖徳太子の父。天皇の仏教受容をめぐって,物部守屋と蘇我馬子が対立した。