ほうじょう-そううん 意味
- ホウデウサウウン
【北条早雲】
(1432-1519) 室町後期の武将。後北条氏の祖。初め伊勢新九郎長氏と称し,出家して早雲庵宗瑞と号す。駿河の今川氏を頼って次第に頭角を現した。のち堀越公方(足利茶々丸)を倒して伊豆韮山(ニラヤマ)に進出,小田原を本拠として南関東制覇の基礎を築いた。家訓に「早雲寺殿廿一箇条」がある。
関連用語
ほうじょうそううん: 【北条早雲】 (1432-1519) 室町後期の武将。後北条氏の祖。初め伊勢新九郎長氏と称し,出家して早雲庵宗瑞と号す。駿河の今川氏を頼って次第に頭角を現した。のち堀越公方(足利茶々丸)を倒して伊豆韮山(ニラヤマ)に進出,小田原を本拠として南関東制覇の基礎を築いた。家訓に「早雲寺殿廿一箇条」がある。
とうじょううん: 【塔状雲】 垂直方向に塔状に発達した積雲の一種。
じょうそううん: 【上層雲】 対流圏上半,温帯地方ではおよそ5~13キロメートルの高さに現れる雲。ごく細かい氷晶からできている。巻雲・巻層雲・巻積雲など。
ほうじょううじつな: 【北条氏綱】 (1486-1541) 戦国時代の武将。早雲の子。上杉朝興・里見義弘・足利義明らを破り,後北条氏の南関東における支配権を確立。
ほうじょううじなお: 【北条氏直】 (1562-1591) 戦国時代の武将。氏政の子。母は武田信玄の娘。後北条氏五代当主。豊臣秀吉の小田原攻略の時,籠城数か月後に開城,高野山に籠居した。
ほうじょううじなが: 【北条氏長】 (1609-1670) 江戸初期の旗本。北条流兵学の祖。小田原の後北条氏の裔。小姓組から累進し大目付。蘭人に兵学を学び軍制の体系化に尽力。著「兵法雄鑑」「士鑑用法」など。
ほうじょううじまさ: 【北条氏政】 (1538-1590) 戦国時代の武将。氏康の子。武田・佐竹氏らと戦い,東海地方にも勢力を伸ばした。豊臣秀吉の小田原攻略に際し,籠城の末降伏,弟氏照と共に自刃した。
ほうじょううじやす: 【北条氏康】 (1515-1571) 戦国時代の武将。氏綱の子。1551年,扇谷(オウギガヤツ)・山内両上杉氏を河越に破り,61年上杉謙信を敗走させ,伊豆・相模・武蔵・上野を領有,後北条氏の全盛期を築いた。また,足利学校の復興を援助。
うんそうじょう: 【運送状】 物品の陸上運送契約において,荷送人が運送人の請求により交付する証書。送り状。
そううん-きょう: ―ケフ 【層雲峡】 北海道中央部,石狩川上流にある峡谷。溶結凝灰岩の柱状節理が発達,多くの滝や奇岩・断崖が延長24キロメートル余にわたって連なる。針葉樹・広葉樹が混在する原生林に囲まれ,大雪山国立公園の代表的景勝地。
じょううん-ぶし: ジヤウウン― 【浄雲節】 古浄瑠璃の一。寛永(1624-1644)頃,江戸浄瑠璃の開祖薩摩浄雲が語り始めたもの。豪快活発な語り口が江戸で大いに人気を得た。薩摩節。
はじょううん: 【波状雲】 波形のあらわれている雲。高積雲や層積雲に顕著。うね雲。
そううんきょう: 【層雲峡】 北海道中央部,石狩川上流にある峡谷。溶結凝灰岩の柱状節理が発達,多くの滝や奇岩・断崖が延長24キロメートル余にわたって連なる。針葉樹・広葉樹が混在する原生林に囲まれ,大雪山国立公園の代表的景勝地。
せいさんせいこうじょううんどう ⑾: 【生産性向上運動】 生産性を高めることで経済発展を図ろうとする運動。運動の中核機関として1955年(昭和30)に日本生産性本部が設けられたが,労組の参加をめぐって賛否の対立を生んだ。マル生運動。
せいさん-せい-こうじょううんどう: ―カウジヤウ― [11] 【生産性向上運動】 生産性を高めることで経済発展を図ろうとする運動。運動の中核機関として1955年(昭和30)に日本生産性本部が設けられたが,労組の参加をめぐって賛否の対立を生んだ。マル生運動。